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神戸地方裁判所 平成7年(ヨ)151号 決定

債権者

田中政司

右代理人弁護士

深草徹

前哲夫

債務者

国際コンテナ輸送株式会社

右代表者代表取締役

吉田邦彦

右代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

松下守男

主文

本件申立てをいずれも却下する。

申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

1  債権者が、債務者の従業員たる地位を有することを仮に確認する。

2  債務者は、債権者に対し、平成七年四月一日から本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り、金五四万四二四七円を支払え。

3  申立費用は債務者の負担とする。

との裁判

二  債務者

「主文同旨」の裁判

第二当事者の主張、反論

一  債権者の主張

債権者の主張は、仮処分命令申立書及び主張書面二通に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

二  債務者の反論は、答弁書及び第一ないし第三主張書面に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

第三事案の内容と争点

一  本件は、債務者から平成七年三月二四日付で懲戒解雇され又は予備的に本件審尋期日(平成七年五月一五日午後四時)において普通解雇された債権者が、その解雇(懲戒解雇又は普通解雇)の無効を主張し、従業員たる地位の仮の確認及び賃金の仮払いの仮処分を求めるものである。これに対し、債務者は、解雇の有効を主張し、賃金の仮払いの必要性及び仮払い賃金の金額を争うものである。

二  争いのない事実

1  債務者は、大阪商船三井船舶株式会社の系列下にあって、貨物運送取扱業、貨物自動車運送業などを主たる目的とする資本金一億円の株式会社であり、乗務職(海上コンテナ・トレーラーの運転手)少なくとも二五名を含め、約一一〇名の従業員を雇用している。

2  債権者は、昭和四四年一二月、乗務員として債務者に雇用されたが、その後の経歴は以下のとおりである。

(業種・職務もしくは役職歴)

(一) 昭和四四年一二月から六三年七月まで

乗務職として、海上コンテナ・トレーラー運転手

(二) 昭和六三年八月から平成五年一二月まで

乗務職にあったが、全日本港湾労働組合(以下全港湾という。)関西地方阪神支部(以下全港湾阪神支部という。)の労働組合活動(以下単に組合活動という。)に従事

(三) 平成六年一月から一一月まで

乗務職として乗務主任

(四) 同年一二月

事務職として債務者阪神支店付で債務者の系列の会社である株式会社グリーンエース(以下グリーンエースという。)を担当

(五) 平成七年一月一日以降

事務職として債務者阪神支店の管理職である副課長に昇進し、グリーンエースに出向

(労働組合歴)

(一) 昭和四七年以降

全港湾に加入し、債務者内の労働組合(以下組合という。)である国際コンテナ輸送分会(以下単に全港湾分会という。)に所属

(二) 昭和五九年一〇月から平成六年一月まで

全港湾分会長として全港湾阪神支部執行委員

(三) 平成六年一月六日

全港湾分会員全員で全港湾を脱退し、国際コンテナ輸送労働組合を結成し、その執行委員長に就任

(四) 同年四月

国際コンテナ輸送労働組合を解散し、新たに同じ名称の組合を結成

(五) 同年一二月

前記組合を解散

(六) 平成七年三月一四日

全日自労建設農林一般労働組合(以下単に建設一般という。)に他の二名とともに加入し、債務者内にその組合を結成

3  債権者は、平成七年三月一四日午前一〇時三〇分ころ、建設一般兵庫県本部副委員長宮里孝雄を伴って、債務者阪神支店を訪ね、建設一般に加入し、債務者内に組合を結成したことを通知した。その足で、債権者は、宮里副委員長とともに、菱倉運輸株式会社(以下菱倉運輸という。)神戸支店を訪ねた。債務者は、平成七年三月二四日付内容証明郵便により、債権者を同日付で懲戒解雇する旨の通知をする(以下本件懲戒解雇という。)とともに、同年四月六日債権者の銀行口座に給与一か月分として金三九万三七八〇円を振り込んだ。債権者は右金員を債務者に直ちに返送した。債務者は、本件の審尋期日(平成七年五月一五日午後四時)において、予備的に普通解雇の意思表示(以下本件普通解雇という。)をした。

三  本件各解雇についての債務者の主張

1  本件各解雇に至る事実経過について

(一) 昭和四六年一〇月、債権者が中心となって全港湾分会が結成され、債権者は分会長に就任したが、全港湾分会は二〇年以上債権者のワンマン組合であった。債権者は、昭和五九年一〇月全港湾阪神支部執行委員に就任したが、まもなく、組合専従として認められていないのに、執行委員としての多忙や健康上の理由等を口実にして、全く乗務職としての職務をしなくなった。その上、債権者は、乗務職の職務をしないため時間外手当で他の乗務職の者との賃金差が生じると、昭和六〇年一〇月以降一一年間、債務者に「賃金格差の補填」と称して時間外手当の支払いをさせてきた。債務(ママ)者は、昭和六三年八月ころ、事務職への配転を申し入れている。債権者の右のような振る舞いは債務者の社内では批判があったが、債務者は、強大な組織力・資金力を有する全港湾との全面衝突を恐れ、適切な措置を取れなかった。これが、以後、債務者と債権者との間に、「無理が通れば道理が引っ込む」状態が続く結果となった。

(二) 債権者の組合活動は、債務者に対し攻撃的で、ことあるごとに債務者に「解決金」と称して多額の金員を要求した。債務者は、昭和五七年一二月に全港湾分会に三三〇万円の解決金を支払い、その後も八回にわたって、少なからぬ解決金を支払った。その中では、その後の使途が不明であるものもあった。平成元年七月、債権者は恐喝容疑で逮捕されたこともあった。

(三) 債権者は、全港湾における立場を固めるため、阪神地区の同業他社の労使関係に介入し、同業他社内に全港湾の分会を結成させるや、債務者に対し、その業者を下請けとして使うよう強要した。

(四) 債権者は、平成六年一月六日、全港湾分会の分会員全員一六名を引き連れて、二三年間加入していた全港湾から脱退し、直ちに債務者の企業内組合である国際コンテナ輸送労働組合を結成し、その執行委員長に就任した。これは、債権者が全港湾阪神支部の主流派と衝突した結果であって、全港湾に対抗しうる組織を作ろうとしたものである。債権者はこれを債務者にたいする「大功績」と思い込み、債務者に対し「論功行賞」を要求し、債務者の社内人事に公然と口をはさみ、「全港湾憎し」の私怨から、同業他社の労使関係に介入し、他社の全港湾組織の切り崩しをはかり、新たな組織作りを計画するなどをするようになった。

(五) しかし、債権者は、自ら結成した国際コンテナ輸送労働組合を統制できず、平成六年四月二七日、右労働組合を一旦解散し、同日同一名称の労働組合を結成したが、それに結集したのは、債権者を含めて五名のみであり、その余の一部六名が、同年一二月二二日、債務者内に全港湾の分会を再結成した。かつて債権者の子飼いであった者らが全港湾に復帰したことは、債権者の全港湾に対する私怨、敵対心を刺激し、後に債権者が管理職にあるまじき行為を敢えてする大きな原因となった。

(六) 債権者は、平成六年一月七日に全港湾を脱退した後は、全港湾阪神支部執行委員でなくなったのであるから、専従でありえず、乗務職として、トレーラーの運転に従事すべきであった。しかし、債権者は、債務者の説得にもかかわらず、事務職への配転を希望して、それに応じなかった。債務者の社内にあっては、乗務職として採用された者は、健康上の理由により乗務できなくなり、あるいは乗務の意思がなくなれば、退職するのが原則であったが、不況期に深刻な紛争を避けるために、債務者は債権者を事務職へ配転する方向で調整することとした。債権者との何度かの話し合いの結果、債務者は、平成六年一一月二一日付で、債権者を乗務職から事務職に配転し、間もなく、債権者を債務者の子会社であるグリーンエースの担当者とした。債務者がとったこれらの措置は、債権者も納得の上での措置であった。なお、グリーンエースの事業内容は、車両の管理・整備、不動産物件の管理、損害保健(ママ)代理業務等である。

(七) 債権者の希望のもう一つは、債権者を管理職へ登用してもらいたいというものである。これは、債権者が全港湾分会の全員を全港湾から脱退せしめた「大功績」に対する「論功行賞」というべきものである。この問題についても、債権者との何度かの話し合いがなされ、平成六年一二月一九日の話し合いにおいて、債務者が、債権者に対し、債権者個人の今後の進路として何が好ましいかという観点から考えるべき問題であると説得したところ、債権者は納得した。また、債務者にあっては、多数組合である国際コンテナ労(ママ)働組合との労働協約で、副課長は職制上の非組合員とされており、実際の取扱いも右趣旨に沿ってなされており、これが労働協約のない全港湾分会の組合員にも同様の取扱いがなされていることを前提に、債務者は、債権者に対し、「管理職となる以上、今後は組合活動に関与せず、管理職者としての業務に専念してほしい。」と強く求めると、債権者は組合活動から足を洗うと約束した。そこで、債務者は債権者を平成七年一月一日付で債務者の阪神支店付副課長の管理職に登用すると同時にグリーンエースに出向させることに決定した。

(八) グリーンエース阪神営業所は、平成七年一月一七日に発生した阪神大震災で被災し、活動不能になった。また、債務者の阪神支店の社屋の倒壊は免れたが、諸施設は被災した上、神戸港が大きく被災して事実上機能停止したため、物流の大半は、大阪南港、名古屋、北九州等へシフトし、債務者全店の四〇パーセントを占める債務者の阪神支店の売上高が激減するのは必至であった。債務者は、緊急の対策として、まず人事面では、神戸から大阪南港営業所や名古屋支店、福岡事務所等に従業員を派遣することとなった。殊に、神戸からの物流シフトの直接の受け皿となる大阪南港は業務取扱量が激増することが予想されたため、事務職四名、乗務職三名を神戸から派遣することになり、債権者もその中に含まれていた。このような状況の中、債権者もグリーンエースの業務のみならず、大阪南港営業所の業務についても補助をするよう指示され、債務(ママ)者も承諾していた。しかるに、債権者は、同営業所の業務については、同僚達が走り回っているのに、指示されたことを渋々型通りこなすだけであった。また、グリーンエースの業務に必要な資格の取得についても、「試験を受けて落ちたら恥ずかしい。」などと言って、熱意を見せない。

(九) 債権者は、平成七年三月一四日、他の二名(足立、塩田)とともに建設一般に加入し、直ちに債務者に対し労働組合結成の通告をした。右通告は、債権者が、同日午前一〇時三〇分ころ、建設一般兵庫県本部副委員長宮里孝雄を伴って、債務者の阪神支店を訪れてなされた。債務者が債権者が管理職就任時の約束に反していると抗議すると、債権者は「管理職者が組合活動をしてはいかんという法律はない。」というばかりであった。債権者は、無断で職務を離脱して、宮里孝雄とともに、その足で債務者の同業他社である菱倉運輸神戸支店に押しかけ、同社の武田常務(神戸支店長)、西山総務課長に対し、同社大阪支店の乗務員原田進が建設一般に個人加盟した旨を伝え、「同社の労務対応が悪い。右原田が全港湾から攻撃されている。」、「日本コンテナー株式会社のように(因みに同社は八ないし九の労働組合が乱立している。)にしてやろうか。」、「全港湾も組合員四万二〇〇〇人がいる建設一般には手出しできない。」などと脅迫的、威圧的な話をして、債務者の名誉、信用を失墜させ、債務者の企業秩序をみだした。債権者は、同月一五日、一六日の二回にわたり、菱倉運輸に架電して、「全港湾に報告したやろ。」、「ICT(債務者の略称)に抗議したやろ。」などと述べた。そのため、債務者は菱倉運輸から厳重な抗議を受けた。

(一〇) 債務者は、右のような管理職としてあるまじき行為をした債務(ママ)者を雇用することはできないものとし、同月二二日、債権者に対し事情聴取をして、退職勧告をした。債務(ママ)者はそれを拒否したため、同月二四日付で懲戒解雇した。

2  本件懲戒解雇の理由

(一) 債権者の前項(九)の行為は(以下本件非行という。)、債務者の就業規則第七三条二項(懲戒解雇事由)九号「不正不義の行為をして会社の体面を傷つけ又は不名誉の行為をしたとき」、一二号「会社の経営制度を破壊しようとし又は非協力的な言動をとり、職場秩序を乱したとき」に該当し、仮にそうでないとしても、少なくとも一四号「その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき」に該当するものである。

(二) 本件非行には以下のような重大な情状があり、本件非行は、後記3の(一)ないし(七)に記載したように、債務者の管理職者として又は従業員としての不適格性の徴憑にすぎない。債権者は、平成六年一二月一九日の話し合いの際、自ら望んで管理職に就任する以上は、今後組合活動は一切行わないと約束しながら、これを反故にし、債権者だけでなく二名の従業員を引き連れて組合(建設一般)に加入し、債務者に組合結成の通告をしたほか、本件非行以外にも、前項に述べたような企業秩序破壊行為を繰り返している。本件非行は、就業規則の他の条項にも該当している。就業規則第七三条一項(出勤停止等の事由)四号「言動不良のため職場の秩序を乱し、又は会社の体面をけがしたもの」、五号「勤務時間中会社の許可なく、みだりに私用をなしたとき」、一三号「就業規則、その他の諸規則、通達に違反したとき」に該当する。なお、右にいう「就業規則、その他の諸規則」は、具体的には就業規則第二七条一号「職場の秩序を保持し、規則に従うこと。」、二号「会社の名誉を棄損し、信用を失墜するような行為をなさないこと。」、第三〇条「従業員は就業時間中みだりに職場を離れたり、雑談、飲食をしてはならない。」を指す。

3  本件普通解雇の理由

債務者は、債権者の以下の行為により、債権者の勤務成績・勤務態度は極度に不良で、管理職・従業員としての適格性を著しく欠いていることを理由として、予備的に答弁書をもって(平成七年五月一五日午後四時の審尋期日)、債権者を普通解雇する。

(一) 昭和五九年に全港湾阪神支部執行委員になって以後、専従でもないのに専従と称してトレーラーの乗務を放棄し、殊に、平成六年一月に全港湾を脱退したのに、なお乗務の職を全くしなかった。

(二) 阪神大震災後、大阪南港営業所に配置されたが、その勤務態度、勤務成績は著しく不良であった。

(三) 管理職就任後は、組合活動はしないとの債務者との約束を反故にした。

(四) 取引先や同業他社の労使関係に介入したり、全港湾に在籍当時は全港湾の分会のある業者との取引を債務者に強要し、全港湾から脱退した後は、全港湾と関わる業者間の会合から脱退することを、債務者に強要し、更に、債務者の社内人事にも圧力をかけて、介入した。

(五) 阪神大震災後、債務者が企業再建に奔走しているのに、「全港湾憎し」の私怨から組合活動に走り、他社の労使関係に介入し、企業再建の足を引っ張った。

(六) 従来から就業時間中に職場を離脱していた。平成七年三月一四日の菱倉運輸の件でそれが繰り返された。

(七) 菱倉運輸はじめ同業他社に対して、債務者の名誉・信用を失墜せしめ、また、債務者と全港湾との協力関係も悪化せしめた。

四  債務者の主張に対する債権者の反論

1  本件各解雇に至る事実経過についての反論

(一) 全港湾分会は債務(ママ)者のワンマン組合ではない。全港湾分会には上部組織として全港湾があり、債務(ママ)者がワンマンであることはできない。債権者は、長期間全港湾分会の中心的人物であったが、その民主的運営に努力してきた。債権者が昭和五九年一〇月全港湾阪神支部の執行委員に就任した後、組合活動に専念するようになった昭和六三年八月までの間は、債務(ママ)者は、組合活動に従事するためにやむをえない時間以外は、乗務職に従事した。債務(ママ)者は昭和六三年八月から全港湾阪神支部の専従になった。これは債務者との専従協定によるものではない、いわゆる「ヤミ専従」であるが、債権者は、債務者と十分話し合って承認をえている。昭和六〇年一〇月以降の賃金格差の補填の問題は、同月、全港湾分会と債務者との団体交渉の結果、債権者に対し、債務者の阪神間の乗務職の時間外手当の平均額を補填することに合意した。債権者が事務職への配転を申し入れた時期は、債権者が全港湾阪神支部の執行委員に就任するはるか以前である。また、右申し入れをした理由は、乗務により眩暈や船酔いのような症状が出る「左内耳不全症」に罹患したためであり、したがって、一時的な配転の申し入れであった。

(二) 債務者の社内では、全港湾分会と企業内組合である国際コンテナ輸送労働組合が長らく併存していた。債務者は、後者を育成しようとして、全港湾分会を差別したため、全港湾及び全港湾分会と労使紛争が度々生じ、全港湾及び全港湾分会は差別の是正や実損害の回復の措置を要求したことがある。その結果、解決金名目で、債務者から全港湾や全港湾分会に対し一時金の支払いが数回なされ、その中には、全港湾分会への支払いにつき、債務(ママ)者名義の口座に支払われたことがあるが、これらはすべて債務者との合意の上でなされたものであり、その使途も不明朗ではない。債権者が平成元年七月に逮捕された容疑は、暴力行為等処罰に関する法律違反の容疑であって、恐喝の容疑ではない。これは不当逮捕であって、債権者は処罰を受けなかった。

(三) 債権者は全港湾の阪神支部の執行委員であり、しかも、昭和六三年八月以降はその専従であったから、債権者が全港湾の組織の維持・拡大のために他企業においても活動するのは当然のことであり、同業他社の労使関係に介入したことにはならない。

(四) 債権者及び全港湾分会の全員が全港湾を脱退し、国際コンテナ輸送労働組合を結成したのは、全港湾の運動のあり方に疑問を抱き、刷新を図ろうと考えたからである。全港湾は、使用者に対し一見先鋭に対決しているかのようでありながら、安易に解決金で済まし、組合内の批判者を排除するという民主的でないやり方をしていたので、健全で良識的な労使関係を確率(ママ)し、真に労働者の生活と権利を守り、労働条件の維持向上を図ることをめざし、新たな組合を組織したのである。したがって、債権者は、脱退の件を「大功績」と思ったり、債務者に「論考(ママ)行賞」を要求したことは一切ない。債権者が、債務者の社内人事に関して要求したのは、国際コンテナ輸送労働組合と債務者との団体交渉の席上であり、組合としての要求である。また、同業他社の労使関係に関わったのは、全港湾から脱退する者が続出する中で、脱退者及び脱退者で新たに組織した組合から、かつて全港湾の執行委員であった債権者に、脱退者らに対し切り崩し等を企てる全港湾に対処するためのさまざまな相談が寄せられたからである。この経緯の中で、全港湾からの脱退者らがまとまって港湾物流労働組合協議会を組織する機運が生じたのであって、「全港湾憎し」の債権者の私怨からではない。しかし、この組織造りは統一歩調が取れず成功しなかった。

(五) 国際コンテナ輸送労働組合の結成の理念は前記のとおりであるが、組合内の一部には全港湾時代の考えを墨守する者もあり、これに対し、債権者らはあくまでも組合活動の刷新を図ろうとしたから、いったん解散して、新規に同志を糾合して同一名称の労働組合を結成することになり、組合大会で解散が決定された。しかし、あらたな同一名称の労働組合には五名しか加入しなかった。

(六) 債権者は、全港湾脱退後、債務者から乗務職に従事するよういわれたことはない。それどころか、債務者から、「いまさら乗務できないだろう。」といわれ、債務者の千船営業所の引っ越し業務等スポット的な雑用をするよう指示されたのである。また、債権者は、事務職へ配転され、グリーンエース担当になったが、債権者から事務職への配転を求めたこともない。

(七) 債権者を管理職へ登用する話は、平成六年一二月一九日の話し合いの席上が最初ではないが、債権者は管理職への登用を希望したことはないし、組合活動をしないという確約をしたこともない。これに関して述べれば、同年一〇月ころから、全港湾から債務者の元全港湾分会員に対する再組織の働きかけがあり、債務者から全港湾分会員に対する説得工作があったにもかかわらず、平成六年一二月二二日、債務者内に全港湾の分会が再組織された経緯があるが、前記の席上、債権者も全港湾に復帰した方が債務者に都合がいいのではないかという話が出たものの、復帰は困難であるという情報があったので、債権者は全港湾に結局復帰しないと言ったものである。債務者は、債権者の右発言を、債権者が組合活動をしないものと都合よく曲解したものである。

(八) 債権者の業務は、副課長に承認(ママ)した後も何ら変化はなく、出向先のグリーンエースの業務は全くないといってよい。グリーンエースは、債務者の阪神支店事務所の二階の一角を仕切った五、六坪の部屋に机が三つ置かれただけで、具体的な仕事はなく、債務者の雑用の処理だけであった。阪神大震災の後、債務者の大阪南港営業所が多忙であったというが、多忙であったのは、配車カウンターのみであった。グリーンエースの業務に必要な資格の取得については、阪神大震災の影響で遅れているにすぎない。

(九) 前記のとおり、債務者内に全港湾の分会が再組織されたが、債務者は、債権者が期待したように、全港湾及び債務者内の分会に対して毅然とした姿勢で臨まず、債権者及びそれに同調した者二名は不安になり、平成七年三月一四日、全国的組織で、多数の組合員を擁する労働組合である建設一般に加入したのである。同日午前一〇時三〇分ころ、債権者は、建設一般兵庫県本部の宮里副委員長とともに債務者の阪神支店を訪れ、債務者に組合加入(結成)を通告し、建設一般の組織の説明と今後建設一般と正常な労使関係を持つようお願いをした。このとき応対したのは労務担当の吉岡副支店長であったが、同人からは異論、反論、抗議などは出ず、話し合いは平穏裡に終わった。菱倉運輸を訪ねるについても、同人から組合活動であることを認めてもらい、承諾をえたものである。菱倉運輸を訪ねた際も、事前に同社の了解をとり、前同様の通告とお願いをし、宮里副委員長が、不当労働行為があれば、建設一般四万三〇〇〇人の組織を挙げて対抗すると発言はしたが、「俺は組合員で管理職ではない。」と債権者は発言していないし、二人とも脅迫的、威圧的な言動はしていない。

2  本件懲戒解雇の理由についての反論

本件懲戒解雇の理由として、債務者が主張する本件非行なるものは、事実無根であり、また、重大な情状として主張するところも事実無根である。

3  本件普通解雇の理由についての反論

本件普通解雇の理由として、債務者が主張する事実も事実無根である。元来、債務者の主張するような事実があるとしても、管理職登用前の事実を理由とするのは、主張自体失当である。

第四当裁判所の判断

一  本件懲戒解雇理由について

1  債権(ママ)者が、平成七年三月二四日付内容証明郵便で、債権者に対し、懲戒解雇する旨の通知をしたことは当事者間に争いがないところ、疎明資料によれば、本件懲戒解雇の理由は、債権者の本件非行である。そこで、本件非行の有無について検討すると、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば以下の事実が一応認められる。

債権者は、乗務職であるのに、平成六年一一月二一日付で事務職に配転されたが、乗務職の者が事務職に配転されることは、債務者の社内においてはほとんどなく、それは債権者の希望を入れた債務者の異例の措置であった。債権者は、更に、平成七年一月一日付で債務者の職制上副課長に登用されたが、その際、債権者は、今後組合活動はしないと債務者に約束した。右の職制上の副課長は、債務者と債務者内の五〇数名が加入する多数組合である国際輸(ママ)送職員労働組合との間の労働協約上非組合員とされているものである(第二条一号)。にもかかわらず、平成七年三月一四日、債務者の社員ととも(ママ)に二名(足立、塩田)とともに建設一般に加入し、債務者内にその組合を結成した。右二名の者は、平成二年二月に解散した国際コンテナ輸送労働組合に残っていた四名のうちの二名である。債権者は、同日午前一〇時三〇分ころ、建設一般兵庫県本部副委員長宮里孝雄を伴って、債務者阪神支店を訪れ、建設一般の組織の概要を説明し、右二名とともに建設一般に加入したこと及び債務者内にその組合を結成したことを同支店副支店長吉岡英広らに通告した。債務者側は債権者が前記の約束に違反したことを非難したのに対し、債権者は、「管理職が組合活動をしてはいかんという法律はない。」と答えた。これらのやりとりは約三〇分で終わった。その後、債権者らは、その足で、約一キロメートル離れた菱倉運輸神戸支店に同社大阪支店の社員原田進が建設一般に加入した旨を通告に行こうとした。その際、債権者は吉岡副支店長に菱倉運輸に行くことにつき了解をとり、債務者の車を使用することの許可を受けた。債権者らは、同日午前一一時ころ、菱倉運輸神戸支店において、西山同支店副支店長に対し、同社大阪支店所属の原田進が建設一般に加入したことを伝え、同社竹田神戸支店長に対しても、宮里副委員長が、建設一般の組織の概要を説明した上、原田進に不当労働行為があれば対応する旨伝え、債権者も「原田はうちの友達や、あんまりいじめたらあかんよ。」と言った。同支店の西山課長が、債権者に対し、「田中さん(債権者のこと)はICT(債務者の略称)の管理職ではないのですか。」と言うと、債権者は、「俺は組合員で管理職ではない。」と答えたが、これらのやりとりも約三〇分で終わった。

その後、債務者は、菱倉運輸から厳しい抗議を受け、ただ陳謝するほかなく、また、全港湾からも債権者と債務者がぐるになって全港湾潰しを謀っていると厳しい抗議を受けた。債権者は、同月一五日と同月一六日の二回にわたり、菱倉運輸に架電し、「ICTに抗議したやろ。」、「全港湾に報告したやろ。」などと言った。

なお、債務者にあっては、懲戒解雇に関し、債務者が前記第三の三の2において主張するような就業規則が存在するが、これまで従業員を懲戒解雇した事例はない。

2  以上の事実により検討すると、債権者の前記行為は、少なくとも、就業(ママ)第七三条二項一二号の「・・・又は非協力的な言動をとり、職場秩序を乱した」に該当するというべきである。すなわち、債権者は、前記のごとく、昭和四七年以降全港湾傘下で永年組合活動に従事し、殊に、昭和五九年一〇月から平成六年一月までの間全港湾分会長として、全港湾阪神支部執行委員の地位にあり、その後は全港湾から離れたとはいえ、それに対抗する組合活動をしてきた経歴を有していたところ、自ら希望して、異例の措置で乗務職から事務職へ配転され、間もなく管理職である副課長に登用されたのであるが、右登用の際、債権者が債務者に対し今後組合活動をしないと約束したことは、なまじの約束ではなかったはずである。つまり、組合活動の経験の豊富な債権者が組合活動の何たるかを知らないはずはなく、その債権者が、債務者から特段の強制があったとは認められないのに、管理職への登用に関連して組合活動をしないと約束した意味は大きく、前記労働協約第二条一号によれば副課長は非組合員の扱いであるが、この規定が直ちに債権者から組合活動をする権利を奪うものではないとしても、この規定自体が無効とはいえず、それに準じて債権者の前記約束は無効とはいえない。右のような経緯の後、債権者は、建設一般に加入し、債務者内に他の二名とともにその組合を結成し、更に、それに関連して、殊に、同業他社の菱倉運輸から理由のある抗議を招く言動をしたことは、「(債務者に対し)非協力的な言動をとり、職場の秩序を乱した」に該当すると判断するのが相当である。

二  以上によれば、本件懲戒解雇は正当であり、そうすると、他に主張、疎明のない本件にあっては、被保全権利の存在の疎明がないから、その余の点の判断をするまでもなく、本件申立てはいずれも理由がないから却下することとし、申立費用の負担につき、民事保全法七条、民事訴訟法八九条により、主文のとおり、決定する。

(裁判官 政清光博)

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